公開: 2023年6月30日
更新: 2023年7月1日
多民族社会の米国では、歴史的に人種間・民族間の対立が大きな社会的な問題でした。日本でもよく知られている人種間対立として、白人と黒人の対立があります。ヨーロッパ移民の人々と、アジア系の移民の人々との間の対立や、ラテンアメリカからの移民と、ヨーロッパ系移民などとの対立も、しばしば社会問題になっています。特に、ヨーロッパ系の移民の中でも、イギリス系の移民と、ドイツ系移民やイタリア系移民との対立も問題になることがあります。
これらの人種間・民族間の対立の背景には、人々には、近い民族・人種同士が集まり易い傾向があることに原因があるようです。その結果、社会的には教育の格差や収入の格差が生じることもしばしばあります。このような社会的な問題の発生を最低限に抑えるために、米国社会では、企業の被雇用者や大学の入学者について、国内の人種・民族の分布に従うように、被雇用者や入学者の選定の基準を検討すべきとするガイドラインを設定しています。それをアファーマティブアクションと呼びます。
過去数十年間、米国社会は、そのようなガイドラインに基づいて運営されてきました。しかし、1990年ごろから、人種などが考慮された被雇用者や学生の選定は、一部の人々にとっては、逆差別になっていたことを問題視する人々がいました。特に、従来の制度では、社会的に有利であった人々の中に、そのような意見の人々がいました。2023年6月29日、米国連邦上級裁判所(最高裁判所)は、そのようなアファーマティブアクションは、憲法が規定している「平等」の原則を逸脱しているとの判決を出しました。この上級裁判所の評定に対して、大統領府は、「賛成できない」との意見を表明しました。
同じ日、米国連邦上級裁判所は、バイデン政権が提案中の別の奨学金に関する政策に対しても、違憲の判断をしました。それは、学生ローンを借り入れ、返済中の人々で、年収が12万5千ドルを下回っている人々の場合、1万ドルの返済を免除し、さらに、低所得者向け奨学金ローンの利用者に対しては、追加で1万ドルの返済を免除すると言うものであった。これらは、国家財政からの支出で賄うと言う計画でした。いくつかの州においては、すでにこの政策の差し止めについての訴訟が提起されていました。上級裁判所は、この大統領府の提案が、憲法に違反しているとしたのです。
最近の米連邦上級裁判所の判断は、これまでの米国社会が民族間や人種間に存在する社会的な不平等を是正する目的で導入してきた制度や政策に対して、既得権益を保持していた、ヨーロッパ系や一部のアジア系移民の子孫が、その既得権を失って来たことは、米国社会における個人の平等に反していると、判断しています。つまり、逆差別を生み出していると言う、一部の富裕層の人々の意見を重視したものであると言えるでしょう。これは、その人々にとって、米国の社会の中心にいた人々が、徐々に排除され、ヒスパニック系や黒人系の移民が台頭していると、危惧し始めていることを示していると考えられます。
新自由主義の思想が一般化した米国の社会では、社会の2極分化が進み、大きな意味での2つの階層の間での、競合による政治対立が鮮明になりつつあると思われます。この政治対立を制する階層が、少数である富裕層になるのか、多数で有る貧しい人々になるのか、米国の民主主義の在り方が問われていると言えます。米国の民主主義が、保守的な富裕層によって支配されるようになれば、米国社会は長期的に見て、衰退の道をたどることになるでしょう。